Mac とAdobeソフトとのコンビで長年グラフィックデザインの仕事をしています。
それでパンフレットやポスターなどを作りながら、このツールを使えば今までと違う表現方法で
作品が作れるかもと思いはじめました。もう30年近く昔のことです。
当然のことですが、デザインの仕事はお客の意向に沿った仕事をしなければなりません。
面白いことも多いのですが、制限もいっぱい。
その点、自分で自分の作品を作るのは全く自由です。だって自分がお客さまですから。
好き勝手にやればよろしい。
それに自分で自分の作品にダメを出す自由だってあるんだから。
(これでどうかな? ウ〜ン、イマイチ! 違う発想をしろ----ヘェヘェ。自問・自答の連続です)
ときどき、お〜!面白そう!
それに味をしめてあれこれ没頭しています。トシもとったし、デザインの
お客さまも減ってきた。コロナ以後、催し物全滅でデザイン依頼はゼロに。
これからは一日24時間。365日。好き勝手に作り続けようと。
今年で80のジイさんになりました。後どれくらいあるだろ?。まあやったなぁ〜。と納得しつつ
皆さんに手を振ってお別れし、神さまのところへ行来ます。
65年前、学生だった頃、毎日せっせと描いていました。
画用紙を広げ、マジックインキ、水彩、クレパスなどで思う存分描き、和ろうそくのろうを
こすって塗り固めます。
何か尖ったもので(ドライバー、キリ、フォーク、折れたクシとか)、
エッチングのようにロウを掻き取って描き、その上に墨汁を流します。
おおよそ乾いた頃を見計らって、肥後守(折りたたみ式小刀)でそろり、ソロリと
ロウ部分を削り落すのです。
下からはクシが作った墨の線、マジックの面、絵具の色がジワジワ〜っと浮かびます。
ロウと墨汁は全部削り取るのではなく、効果を見ながらほどほどで削り残すのがミソ。
荒くたいエッチングのような効果。面白かったです。
その後の会社勤めの40年間はお絵かき無縁。画壇で活躍している同級生の情報を聞いて
心がチクチクしましたけど。目をつむってせっせ、セッセの長〜い歳月でありました。
会社勤めを辞めた後、ムクムクッと出てきたのは今まで絵を描かずに来てしまったとの自責の念。
今はそれがブースターロケットになって想いの後押しをしています。
遅れを取り戻すべく、超スピード。突っ走ってる車ってとこ。
われながら変なジジイ。です。
私は中学校の美術教師を10年近く勤めました。大阪から京都へ転居したことで、
ガラリと変わった人間模様・文化や住居、食生活まで、しばしとまどいました。
でも大学が京都教育大だったこともあり、恩師をたよって公募展「示現会」に入れていただき、
具象絵画を25年間描き続けることになりました。
大作の出品におわれ、得たものは多くありましたが、すぐ身近にある美しいもの。心ひかれるものを
見過ごしてきたように思います。
やがて60歳をすぎ、示現会を退会し、その後は「個展」や「グループ展」、夫との「ふたり展」で
作品発表をしてきました。
たくさんの方々にご批評をいただき、お付き合いもふえました。絵画教室も23年間続けています。
80歳をすぎ、夫とふたりのホームページ を開くことになりました。
個展を開いている時は、思わぬ人に出会い、色々ご感想を聞くことができましたが、ちょっと残念です。
でもこれから先のパワーもだんだんなくなることを考えますと、このように発表の場が、
画廊からパソコンへと変化することは良いことかな、とも思います。
私は具象を追求してきました。私なりの単純化や強調や色のこだわりがあります。
愛すべき身近にある花、野菜、ルームアクセサリー、ふと見つけた魅力ある風景、人物、
とてもモチーフは沢山ですが、それらにかこまれている今の自分を
とても幸せだと思います。
心の中をあまり整理、整頓しないで、絵にそそぐ情熱はずっと持ち続け、これらの物とつき合い、
また収穫を得て、のこる人生を描いてゆこうと思います。
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