上手は切らずの巻
夕暮れ、キッチンから何か刻んでいる音が聞こえます。コトコト。リズミカル。
よどみなく平穏・幸せな情景を想いますね。昔の映画の場面のような・・・・
(これって典型的導入風景・マンネリでも感じ悪くないよな。日本人みんな多かれ
少なかれ、情緒的共通感情か)
今はな。刻んでタッパーに入れて売ってるねん。何がコトコトや。
ある時、そのコトコト。コトコト。それがアッと言う小さな声とともに
途切れる時があります。
私はそれを聞くとヨイショと立ち上がり、キッチンに。うちのオバサマ。左手の
指先を抑えている。舐めている時もある。
消毒液とかバンドエイドの入った引き出しを開けます。ジャ~っと水道で傷口を洗い、
消毒液を振りかけ、絆創膏でぐるっと巻いて。文字通りファーストエイド。完。
ゲンコツ丸めて頭かオデコをコン(軽く)。
「気をつけろ」で自分のデスクに戻ります。
その日も同じ出来事。違うのはキッチンに入った私の口をついて出た言葉:全く無意識。
・・・<上手は切らず、下手切らず>・・・
次の瞬間:しまったぁ~! 出た言葉が取り消せた試しはない。
人類歴史上この原則は不変不動。・・・洋の東西問わず(!)悲劇のタネ。
(喜劇って。そんな場面無いか。まず)
さあ、ヨメハン。怒った。
「正月の金時人参を切ってるのよ。硬いのよ。それにこの包丁。
なまくら。ちゃんと研いでないでしょう!」
見ればポタポタ血が流しに落ちている。よほど深く切ったんだ。
物事いつもそうなんだが、そんな時に限って何も見つからない。
消毒液・絆創膏・もちろんバンドエイドも。
その引き出しじゃんか??!と言っても無駄だ。
あっちこっち出たらめに開けてみる。
関係ないものばかりがドッとあるだけ。さあ困った。
オバはんにらんでる。怖い。どうしよう。
二階の居候。大学に通う孫娘だが、”は~ちゃん。バンドエイド持ってない?
あ~るよ。”お~助かったぁ~。
ようやくいつも通りの処置。ヨメハンの目は私から30cm下にある。(身長差)
見上げてにらんでる。想いがこもってる。
なんやこの人。と書いてある。頼りにならん。それに心の奥底は冷たい。何が愛妻や。
絆創膏取れるまで半月以上かかりました。時折、切った指立てて眺めている。
これ見よがしに。クルクル回したりして。当て付けだ。
世のおチビは大抵イケズだ。一般的。かつ普遍的。傾向。うちも例外ではなかったな。
想いはそこに至ります。「もう遅いって」フゥ~
ヨメハンとは59年一緒にいる。来年ダイヤモンド婚か。生きてればだけど。
60周年を迎える夫婦って1割ないと聞いたことがある。
上手は切らず・・・・くらい我慢いたせ。大したことではないわ。
そっち向いてニッとしておきます。
「上手は切らず。下手切らず」うまいこと言ったもんだ。
オレなんかいっぺんも切ったことない。
今でも包丁は恐る恐るだ。そのままがいい。そのままでいい。と。
でもうまいものは作るでぇ~
もちろんオバハンにもちゃんと奉る。口では”食えっ”と荒いが、
心は優しいんだぞ。わかってるな。"くどい" と言われる前に黙っておきます。